作詞家としてだけでなく、テレビ、映画、コマーシャルなど、多岐にわたるジャンルで活躍されている秋元さんに、お仕事でのエピソードやお子様についてのお話をお聞きしました。

一流の人々と出会って感じた毎日努力を積み重ねることの大切さ
―作詞家としてだけでなく、テレビや映画、コマーシャルなど多方面で活躍されています。このような世界に進もうと思われたきっかけから教えてください
「附属高校に通っていた2年生の時に、ラジオ番組へ冗談半分で送った作品が担当者の目に留まり『ラジオ局に遊びに来ないか』と言われたのが、この世界に入る直接的なきっかけでした。高校・大学に通いながら構成台本を書いていたので、仕事というよりはアルバイト感覚でしたね。当時は、この仕事で一生食べていこうとは考えていませんでした」
―子どもの頃からの夢ではなかったのですね
「ええ、子どもの頃は『東大から、大蔵省に入るんだ』と漠然と思っていました。おそらく周りの大人や一緒に塾に通っていた友達の影響を受けてだと思うのですが、官僚になることをエリートの象徴として捉えていたのだと思います。それが、なんとなく始めた作詞の仕事が順調で、幸運にも次から次にヒット曲に恵まれて。それでも、この先どこかで行き詰ったら、この世界を辞めて大学に戻って勉強しようといつも考えていました」
―しかし、何十年もずっと最前線でヒット曲を世の中に送り出してきています
「今思えば、美空ひばりさんとの出会いがひとつの転機だったと思います。作詞家としてやっていこうと意識が変わったのは、ひばりさんのアルバムの作詞を手がけてからですね。ちょうど30歳を過ぎた頃で、仕事から少し距離を置いて、ニューヨークで生活していた時期でした。当時住んでいたアパートからは、イーストリバーが見え、その時の想いを込めて作詞したのが『川の流れのように』です。日本を離れた遠い異国での望郷の念や、僕なりの人生観を表現できたのがあの歌でした。確固たる夢や目標が自分のなかにあって、それらに向かって一直線に生きてきたというよりは、縁やめぐりあわせによって辿り着いたこの作詞の世界が自分の進むべき道なのだと自然と思えるようになりました。その後、この曲がスタンダードナンバーとして世間に受け入れられ、作詞家としての仕事に誇りを感じられるようになりましたね」
―浮き沈みの激しい世界で仕事をすることで、感じたことや得たことは何でしょうか?
「仕事で出会う一流と言われる人々と接していて強く感じるのは、開花させた才能を曇らせないように、磨く努力をし続けていることですね。仕事の準備をするのは当たり前ですが、一流の人は仕事がない時でも自分の成長のための積み重ねを決して怠らない。ありふれた言葉ですが、やはり『継続は力なり』なんです。若い頃は『努力が大切』なんて口が裂けても言わなかったけれども、飽きることなく継続することほど強いものはないと今は思います。そういう意味では、生きている時間が長い年配者も尊敬するべきです。人生というのは、いろいろな試練を日々乗り越えて生きていかなければならない。だから、長い人生の月日に試され、困難を克服してきた年配の方には人間としての深さを感じます」
理不尽さに覆われている社会や世の中を子どもたちには乗り越えて生き抜いてほしい
―大学で副学長をされていますが、教育の現場で指導していて何か感じることはありますか?
「数年前から大学での教育に携わっていて思うのは、教育には理不尽さが必要なのではないだろうかということです。つまり、特殊な才能を開花させることも大事だけれども、まずは世の中の理不尽さに耐える力を身につけるべきだと思います」
―理不尽さとは具体的にどのようなことでしょうか?
「たとえば、体育会系の部活がよい例だと思います。後輩にとって先輩は絶対的存在ですよね。先輩が走れと言えば走るし、右と言えば右に進む。理屈が無かろうと、どんなに受け入れられない理由でも、先輩の指示を忠実に実行しようとする。学生時代にスポーツをやっていて社会に出た人間がすごいのは、弱音をはかずに、理不尽なものを乗り越えられる強さを備えている点です」
―しがらみの多い会社組織や社会で生き抜くタフさを教育を通して培うべきだと
「そうですね。もし、人のあまりいない南の島かどこかで、おおらかにのんびり一生暮らすことができるのならばいいけれども、人は管理社会の中で生きていかなければならない。社会に出れば嫌な上司や無理難題を突きつける取引先がいて、毎日が理不尽の連続です。だからこそ、自分が生きなければならないこの社会で、それらに耐えてやり遂げる力を子どもたちには身につけてほしい。それが結果的に、その子の人間の幅をひろげることにもつながると思うんです」
―幼少時代のご両親の教育方針などはありましたか?
「両親はとても自由に育ててくれたと思います。塾に行きたいと言えば行かせてくれるなど、自主性にまかせてくれ、とても感謝していますね。自由だけど無関心の放任主義ではなく、いつも愛情を持って見守ってくれていたと思います」
―現在、お父様として家庭ではどのようにお子様と接していらっしゃいますか?
「大人が子どもにしてあげられることは、その子の可能性を広げるために、チャンスを与え、門戸を開いてあげることだと思う。何を選んでどう進むかを最終的に決めるのは子ども自身です。だから、何も考えずにやりたいことをやりなさいと言っています。また、その反面、子どもが望むものだけを与えていてはたくましさが育ちません。ですので、日々の生活の中で、ちょっとした試練を子どもに与え、それを乗り越える機会を設けてあげるようにしています」
―本日はありがとうございました

今回のインタビューの聞き手となったのは、スクールツアーシップの指導責任者の利倉さん。大学教育にも尽力されている立場から教育への熱い思いを語ってくださいました。