登山家として活躍された後、20代でアウトドアスポーツ用品メーカーの株式会社モンベルを設立。年商300億の企業に成長させるとともに、自然保護や野外学習などの社会活動に取り組まれている辰野代表取締役会長にお話をお聞きしました。

高校生の時にあこがれを抱いた登山の世界で、会社経営者として必要なことを学んだ
―辰野会長は、幼少時代どのようなお子様でしたか?
「ガリガリという表現がぴったりなくらい、実はとてもひ弱だったんです。それが、中学生に入った頃から、自然と山に興味を持つようになって、里山などを探険するようになりました」
―本格的に山登りを志すようになったのは、いつ頃からですか?
「高校1年生の時に読んだ、オーストリアの登山家ハインリッヒ・ハラーの著書に感銘を受けてからでした。それからは独学で山について研究しましたね。自分の周りに教えてくれる人が誰もいなかったので、畳の上で世界の山々を想像しながら、シミュレーションをしたりしました。お金も無かったですし、安全ベルトなども手作りしましたよ。そして、世界三大北壁の一つであるアイガー北壁に登るんだと。さらに、山に関わるビジネスを始めたいと夢を思い描くようになりました。結果的には、21歳の時にアイガー北壁の登頂に成功し、28歳でスポーツ用品会社『モンベル』を始めることができました」
―登山と会社での経営には、何か共通する点などがあるのでしょうか?
「山登りもアウトドアメーカーの仕事のどちらも、自然との関わりを持っていますが、それ以上に、経営者にとって重要なことを山登りで学びました。僕営手法の大半は、山での危険回避から発想を得たといっても過言ではないくらいです。経営活動で生じるさまざまな危険を最小限に抑えようとする危機管理、つまりリスクマネジメントこそが、経営の極意ではないかと思っています。一つ判断を誤れば、従業員やその家族を路頭に迷わせてしまうかもしれない。経営で失敗は許されないんです。それは登山においても同じで、一つ判断を誤れば、死という現実が訪れる。あそこでああしておけばよかったなど、間違いが積み重なって、遭難や悲劇的な結末につながっていくものなんです」
夢に向かって努力することは、幸せになるための一つの方法論であると思う
―御社では、自然保護などの社会活動の一環として、子どもたちに野外学習の機会を作られていますね
「自然の大切さを子どもたちに知ってもらいたいという思いから、『川の学校』への支援を行っています。私自身も講師を務めていますが、今の子どもたちが僕らの時代に比べて、川から遠ざかってしまっている現状をなんとかしたいと。現に、今の父親や母親世代は川での体験が欠落してしまっている。だから、僕のようなおじいちゃん世代が何か貢献できることをしたかったんです」
―川の学校では、どのようなことを教えているのですか?
「2泊3日で年5回ほど開催していますが、何も強制しないというのがこの学校の方針なんです。特別なプログラムなどは無くて、朝起きて『さあ、今日は何をしようか』というところから始まります。釣りをやる子もいるし、川に飛び込んだり泳いだりする子もいる。そんな自然の空気に触れるなかで、川のワイルドさや壊されていく自然に対して、子どもなりに何か気づきがあるんですね。だから、大人は子どもたちのそばで見守っていて、本当に危ない時だけ手を差し伸べるようにしています。僕もできるだけ参加していますが、流木を使ってもの作りなどをしていると、子どもたちは興味を持って近寄ってくるんですよ。周りからは辰野が誰より一番楽しんでいるねと言われるくらいです(笑)」
―自然を舞台に夢へ挑戦する人々をサポートする、チャレンジ支援などもされていますね
「ええ、自らの限界に挑む人たちをなんらかの形で支える活動をしたかったからです。僕は、結果がどうなるかわからない未来の可能性に対して、チャレンジする前からバツをつけてはいけないと思うんです。この世の中には100%なんて存在しないじゃないですか。たとえ、99%の確率でも最後の1%はどうなるかわからないもの。だから、過半数の51%の可能性があれば、僕は挑む価値があると思っています。51~99%の確率の可能性のなかで、どう試行錯誤して挑戦するのか。夢に対して勇気を持ってチャレンジする人たちを、あたたかく見守るような日本社会になっていってほしいと思っています」
―なるほど。辰野会長は、子どもの頃からの夢をすべて叶えられて、本当にすごいと思います
「もちろん、夢を叶えるまでに紆余曲折がありました。なかなかうまくいかず、迷いながら夢に向かって進んできたと思います。ただ僕にとって、夢を叶える過程においては、たとえ困難なことがあっても、それは失敗ではなく、不都合な事実という概念でしかなかったんです。失敗はその時点で完結してしまうものだけれど、不都合な事実は、夢を叶えるまで向き合っていくことができる。つまり諦めずに何か別の方法はないかと想像して行動し続ければ、いつか不都合な事実は乗り越えられると思っていました」
―夢を叶えるためのヒントを教えていただいたような気がします
「ただ、取り違えていけないのは、夢は目的ではなく、幸せになるための一つの方法でしかないということです。夢というゴールにたどりつかなければ、幸せじゃないなんて思う必要は全くないと思う。こんなことを言うと矛盾していると思われるかもしれませんが、僕は、必ずしも夢を叶えられなくてもいいと思う。一番大事なことは、夢に対してがんばって生きてきた時間を、自分なりに受け止めて理解できればいい。例えば、野球選手になりたい子が一生懸命練習して努力をしたのに、プロになれなかったとしますね。それでも、いいじゃないですか。夢に対して必死になって努力してきたのならば、その夢が破れた時に、その子にしか開けることのできない新しい未来への扉が待っていると思うんです。夢を追っていたなかでは気づかなかったものがきっと見えてくる。子どもたちには、それを次につなげていってほしいですね」
―本日はありがとうございました

今回のインタビューの聞き手となったのは、スクールツアーシップの指導責任者の利倉さん。山を通じて体感した思いや哲学など、熱い思いを語ってくださいました。