2004年のアテネ五輪の女子800m自由形で、日本人初の金メダルを獲得した柴田亜衣さん。水泳を始めたきっかけやオリンピックでのエピソードなどご自身の体験を通じて、夢の叶え方についてお話をお聞きしました。

偶然はじめた水泳を通して、あきらめずに続けることの大切さを学びました。
―水泳をはじめたきっかけを教えてください。
3歳のとき、家の近くにたまたまスイミングスクールがあり、姉と一緒に通い始めたのが水泳との出会いです。4泳法ができるようになった小学2年生から育成コースに入り、試合にも出場するようになりました。当時、父の転勤の都合で四国に住んでいましたが、小6あたりから地元の大会で優勝するようになりました。
―もともと体育は得意だったのですか?
実は運動神経はゼロで…。走るのも遅い方、水泳以外に得意なものはない、本当に普通の子どもでした。ただ、水泳だけは自分に合っていたのだと思います。水泳という競技は、とてもシンプルです。だれに邪魔されることなく一人でコースを泳ぎ、自己ベストの更新をめざす。自分のタイムを上回ることができれば、それだけで喜べるのです。去年より今年…というように毎年、自己ベストを目標にしてがんばることができました。
―ご両親も水泳に熱心だったのですか?
厳しかったという記憶はないですね。水泳について何か言われたことはなく、いつも温かく見守ってもらいました。父は転勤族で3年に1度のペースで転勤があるのですが、私を同じスイミングスクールに通わせるために単身赴任をしてくれた時期もあり、私が水泳を続けることを自然に支えてくれていたと思います。
―オリンピックをめざそうと思うようになったのはいつ頃からですか?
中学・高校までは部活として水泳を続けていただけで、オリンピックは意識していませんでした。国際大会を意識し始めたのは大学2年になってから。水泳は個人競技ではありますが、大学で先輩や同級生たちと切磋琢磨することの楽しさを知り、もっと上をめざしたいという思いが強くなったのです。自分よりも速い人がいれば、「こういうところがいいから速いんだ」と手本にし、新たな目標設定をする。その繰り返しです。オリンピックは高いハードルでしたが、大学で水泳をやめるつもりだったので、最後の目標設定としてオリンピックを狙ってみたいと思うようになりました。
―アテネオリンピック決勝では自己ベストを出して優勝しました。
決勝では震えているのがわかるくらい緊張していました。同時に、とても落ち着いて、試合を楽しめる気持ちの余裕がありました。「最高のパフォーマンスをするには、適度な緊張と適度なリラックスが必要だ」という、アテネ五輪競泳チームのキャプテンだった山本貴司さんからのアドバイスがあったからです。「緊張してきたらダメだ」と思うのではなく、「いいパフォーマンスをする準備ができている」と思えました。だから、自己ベストが出せたのだと思います。
―水泳を通して学んだことは何ですか?
水泳は、結果がタイムとしてきちんと出る競技です。努力した結果がすぐわかるというよさがある反面、結果が出ずに苦しむことも多いものです。でも、苦しいときでも毎日続ければ、たとえわずかでも必ず自分の力として蓄積されています。あきらめずに続けることの大切さを教わりました。
みんなにはたくさん夢をもってほしいそして、目の前の目標をクリアし続けてほしい。
―現在はどのような活動をされているのですか?
スポーツウェアメーカーのデサントに勤務しながら、日本各地で水泳教室を行ったり、水泳に関する講演会を開いたりしています。水泳教室に来ている子たちはいつも元気いっぱい。このまま水泳を続けてほしいと思いながら教えています。
―そんな子どもたちに、最後にメッセージをお願いします。
夢を持っている子も、まだ見つかっていない子もいると思いますが、夢をたくさん持つことはいいことだと思います。そして、夢を本当に叶えたいのであれば、まずは、夢の途中にある「少しがんばれば届く目標」を考える。次に、その目標をクリアしていく。私にとってオリンピックは大きな夢でしたが、「少しがんばれば届く目標」をクリアしていった結果、金メダルにつながりました。大きな夢ばかり考えていると「果てしないな~」と思うこともあるかもしれません。でも、一段ずつ階段を上がっていってほしい。そうすればきっと、最後に大きな夢に到達できると思います。
―本日はありがとうございました

今回のインタビューの聞き手となったのは、スクールツアーシップの指導責任者である利倉さん。柴田さんがもつ優しい雰囲気と、そのなかに垣間見える水泳への熱い思いが印象的なインタビューとなりました。